2021年7月8日
2021年7月8日
意識喪失中の交通事故
2021年1月、東京都内で、タクシーが歩行者複数を撥ね、そのうち一名がお亡くなりになるという大変痛ましい交通事故が発生しました。亡くなられた方のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
この事故については、タクシーの運転手は、事故の直前にくも膜下出血を発症し、事故を起こした際には意識を失っていた可能性があるとの報道があります。
この事故のように、自動車の運転者が事故を起こした際に、病気等で意識を失っていた場合、運転者に損害賠償責任は発生するのでしょうか。民法には「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。」という規定があり(民法713条本文)、この規定の適用が今回の事故でも問題になりえます。
自動車が加害者となる交通事故において、加害者の賠償責任を基礎づける法律には、まず民法の不法行為責任(民法709条)があります。そして、自動車事故特有の法律として、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法といいます)の運行供用者責任(自賠法3条)があります。
不法行為責任については、民法713条の責任能力の規定の適用があるため、事故の際に不可抗力の病気等で意識を喪失していた場合、運転者は損害賠償責任を負わない可能性が高いでしょう。それでは、自動車の運行供用者(所有者が該当することが多いです)に対して適用される運行供用者責任についても民法713条の適用により、免責となってしまうのでしょうか。
たしかに、自賠法には、自賠法に規定のない事項については民法の規定を適用するという趣旨の条文がありますので(自賠法4条)、民法713条の責任能力の規定が適用され、運行供用者責任も問えないように思えます。
しかしながら、運行供用者責任(自賠法3条)については、民法713条の責任能力の適用はないと解されています(大阪地裁平成17年2月14日判決等)。これは、自賠法の趣旨が人身事故被害者の救済という点にあるからだと考えられます。
したがって、自動車の運転者が事故を起こした際に、病気等で意識を失っていた場合、運転者に対して、民法上の不法行為責任を問うことは難しいですが、自動車の運転者が運行供用者に当たる場合には、自賠法上の運行供用者責任を追及でき、被害者は賠償を受けることが可能となります。
※病気等で意識を失った場合であっても、意識を失うことを防ぐ薬を飲み忘れた等の事情がある場合は、民法713条但し書きが適用され、不法行為責任が生じることがあります。
今回の東京都の事故の場合、タクシーの運転者はくも膜下出血を起こして意識を失っていたということですから、運転者に対しては民法713条の責任能力の規定が適用され、不法行為責任を問えない可能性があります。しかし、タクシーの運行供用者であるタクシー会社に対しては、運転者の責任能力の有無にかかわらず、自賠法の運行供用者責任が問えます。
したがって、被害者の方は、賠償の請求をすることが可能です。
運転者が事故時に意識を喪失していた場合、責任能力がないことを理由に、運転者側が免責を主張してくることがあるかもしれません。しかし、自賠法上の運行供用者責任を追及することができることもありますので、ぜひ一度弁護士にご相談ください。